
昨年10月15日朝、
村治佳織を突然襲った疾患は、右橈(とう)骨神経麻痺というものだった。結果として年内全ての公演をキャンセルし治療に専念することになった。当初12月上旬に予定されていた本公演も延期の憂き目に遭った。6日連続の4プログラム7公演という、ファンにとっては短期間で様々なコラボレーションが楽しめる企画も、アーティストに掛かる負担は並大抵のものではないことは容易に想像できるし、共演者の日程を再調整する都合からも、企画自体が流れてしまう恐れもあった。
幸い最悪の事態は避けられた。リハの負担を軽減するためと思われるが、2プログラムずつに分けて、1ヶ月のインターバルを置いて開催されることになった。せっかく3公演通し券を入手できたというのに、正直言って延期は痛手だった。振替の日程を見て、已む無く通し券を払い戻して、再発売に賭けることにした。3〜5月は決算業務に忙殺されるのが常だが、3月上旬なら休んでも影響は最小限で済むと考え、1日2公演が効率よく楽しめる
3/9に照準を合わせた。
村治佳織のコンサートとなると普段ならなかなかチケットが取れないものだが、いつもより高めの価格設定のおかげか、2公演ともチケットが取れた。
村治佳織は1月から演奏活動を再開したが、やはりこの耳で聞くまでは安心できなかった。何となく怖くて、直前まで公式サイトを訪れなかった。むしろ
初めて行くホールだったので、場所の確認やら交通手段やら建物の内部情報などを収集するのに忙しかった。クラシック系のホールとなると何となく敷居が高く感じられて、予めホールの構造とかが頭に入っていないとなぜか落ち着いて行動できなくなってしまうからだ。事前にあれこれ調べられるようになって、実に便利な世の中になったものだ。
さて、昼の部は一番最後に追加公演の形で発表になった
プログラムD 。作曲家=
大島ミチルとのコラボレーション。ギター曲を作曲する際には実際にギターを爪弾いてみるそうだが、流石に一緒に演奏することは無く、演奏の合間にトークするのみだった。「ギターで奏でる名作映画の世界」という副題が付けられていたが、演奏曲目に関連した話題はほとんど無くて、それぞれの映画音楽への関わり方がトークの中心だった。
最後に
大島ミチル書き下ろしの曲が披露されたが、作曲家本人を前にしての演奏はどことなく緊張気味に見えた。トークの成り行きからすると、CD化されるまでには幾多の改良が加えられ、曲のみならず演奏の完成度もさらに高いものになりそうで楽しみだ。
アンコールではトヨタ“アリオン”のCMでお馴染みの「タンゴ・アン・スカイ」を演奏した。スペシャル・プロジェクトの最初のプログラムを無事終えた安堵感からか、本編のどの曲よりも流麗かつ力強い演奏で、復活を強く印象付けられた。同時に夜の部への期待が一層高まった。
夜の部までの2時間半の空き時間はほとんど汐留シオサイトをぶらついて潰したが、空中から地下まで縦横に巡らされた空間は子供の頃に見た近未来ドラマの都市のようで、思わず携帯電話であちこち撮影してしまった。カレッタ汐留の飲食店街で一服しようとして、間違って電通本社に入ってしまったのは、田舎者のご愛嬌ということで大目に見て欲しい。というか、ここに書かなければ、警備員と私だけの秘密だった訳か!
さて、夜の部は当初の順番では最初に行われるはずだった
プログラムA 。既に共演経験のある
渡辺香津美とのコラボレーション。昼の部とは客層が大分違ったのも当然といえば当然か。とはいえ、前半は昼の部と全く同じ曲目だった。昼の部が実は公開リハだったのではないかと思えるくらい、流麗さに一層磨きが掛かった演奏には、昼の部をこなした疲れなど微塵も感じられなかった。
後半、
渡辺香津美が登場すると、
村治佳織が急に脇役に回ってしまったように見えた。演奏する前から格の違いを見せ付けられたような存在感だ。その上、ポピュラー系の曲がずらりと並んだ演目は、CDで馴らされていたはずなのに新鮮な響きがあった。よく考えたら、生でこういうのを聞くのは初めてだったし、ギター・デュオならではの音の厚みも未体験だった。おまけに果敢にインプロヴィゼーションにも挑戦してみせて、演奏の幅を広げたことを強く印象付けられた。
アンコールでは
渡辺香津美編曲で
矢野顕子の曲を演奏したが、こうなるともう完全に主役交代だ。既にクラシック系のギタリストとして10年以上のキャリアがある
村治佳織だが、まだまだ成長していく可能性があることを示唆していた。とはいえ、余りそっち方面へ傾倒して欲しくないという思いもした。ファンとは勝手なものだと思った。
せっかく心温まる想いに包まれて終演を迎えたというのに、汐留シオサイトの高層ビル街を吹き抜ける風は冷たく、暖かい余韻が吹き飛ばされてしまいそうに思えた。こんな所ではアフター・コンサート恒例のちょっとリッチな夕食も楽しめないと思った。気が付けば、周りは家路を急ぐビジネスマンばかり。案の定、彼等の後をついて行くと、モダンだが無機質な巨大立体迷路を最短で通り抜けることが出来た。結局夕食は自宅で簡単に済ませた。食事は質素だったが、心の温もりはまだ残っていた。大事なものを持ち帰ることが出来て、とても充実した一日だった。
posted by SunHero at 11:24|
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